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2021.1.12
Ayacy's HP
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神緒のべるず 第5話 航時見聞録 -3-
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当たり前のことだが、江戸時代見物なんて初めての経験である。
見るものすべてが新しい。
少し歩いたところでは、とても盛んに商売が行われており、飛脚が走り、かざぐるまを持った子どもたちが遊んでいる。
よく時代劇に見る風景って感じだ。
「あ! あそこにお団子屋さんがあるわよ! 行ってみましょうよ」
睦がお団子屋さんを見つけて、走り出そうとする。が、ここは制しておく。
「ダメでしょ。私たちはこの時代のお金なんて持っていないし。
たいだい、あんまりこの時代の物事に干渉すると、タイムパラドックスとか起きちゃうでしょ?」
「タイムパラドックス?」
「よく、映画とかであるじゃない。例えば、私たちが親の世代にタイムスリップして、誰かを殺すとする。そうしたら、その誰かがやろうとした何かが行われなくなる。そうやって、私たちの時代を破壊してしまうことがあるかもしれないのよ」
「なるほど。私たちがここでお団子を食べて、そのせいでお団子を食べられなかった人がいて、飢えて死んじゃったら、私たちは生まれなくなってしまうってことよね」
「まぁ、そうね。時代の流れに干渉しない程度に、見物を楽しみましょう」
そう言って、私たちは無難に見物をすることにする。
学校で歴史の授業を受けていた頃には実感がわかなかったんだけど、江戸の時代もけっこうにぎやかだったんだな、と思う。
当然、高いビルなんかないけれど、人の活気は、私たちの住む時代と変わらないような気がする。
「けっこう賑やかね」
私は睦に言った。
が、返事がない。
っていうか、見回してみると、睦がどこにもいない。
あれ? どこ行っちゃったのかしら。まったく、はしゃぎすぎなんだから…。
近くを歩いていた人に聞いてみる。
「この近くで、白い服を着て赤いはかまを付けた人はいませんでしたか?」
「おう。それなら、あっちに行ったぞ」
「ありがとうございます」
私はお礼を言うと、その人が指を指した方向へ行ってみる。
曲がり角へ付くと、またそこで人へ聞き、その人が指した方向へ行く。
そうして、何度か繰り返していると、人気のない静かな場所へ出た。
というか、迷ってしまった。
「まったくもう、睦ったら、どこへ行っちゃったのかしら…」
そこへ、人相の悪そうな男が1人、近づいてきた。
「ねえちゃん、どうしたんだい? 人探しかい?」
怪しい感じはしたが、とりあえず頼ってみるしかないか。
「えぇ、そうなんです」
「それなら、こっちだ」
その人の案内する方へ行ってみる。
案の定というか、予期していたわけじゃないけれど、時代劇だと、よくこういうシーンがあるのよね。
いろいろあって私は、木の檻でできた部屋に閉じ込められている。
隣には睦もいる。私とほぼ同じような状況で、この部屋に閉じ込められてしまったようだ。
「ハァ〜…」
とりあえず、ため息をついてみる。
睦がこっちを見ながら小声で言う。
「明日香。あんたなら、こんな木の檻、素手でぶっ壊せるでしょう。さっさと壊しちゃいなさいよ」
「イヤよ。痛いのイヤだもの。それに、この時代のものを壊しちゃったら、それこそタイムパラドックスが…」
「あぁ、そうだったわね」
「うまいこと自然に逃げ出せるチャンスを伺いましょう」
ちなみに、この部屋には私と睦以外にも数人の女性が閉じ込められており、皆、シクシク泣いている。
こういうシチュエーションは、やっぱり時代劇で見たことがあるなぁ…。
そんなことを思っていると、人が近づいてくる音が聞こえた。
「おい、そこの黒い服を着て頭に白いのをつけている女、ちょっと来い!」
私?
「そうだ、お前だ」
どうやら、どこかへ連れて行かれるようだ。
私は睦に小声で話しかける。
「それじゃ、ちょっと行ってくるから。チャンスを伺ってくるね」
「了解。がんばってきてね」
「うん」
「おい、早くしないか! お代官様がお待ちになっているんだぞ」
「今、行きますから!」
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※このサイトは、着ぐるみ小説サイト「神緒のべるず」および、葦葉製作所頒布の小説「神緒のべるず 第1巻」、「神緒のべるず 第2巻(PDF版)」、Yuzu R.さんの再録本掲載の小説をWeb用に再編集したものとなります。一部は書き下ろしです。
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