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2021.1.12
Ayacy's HP
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神緒のべるず 第16話 夏だ!海だ! -2-
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ちょっと眠ってしまったらしい。
ここは海の上で、身を守る物は浮き輪一つ。
慌てて周りを見回すと…、よかった。わたしが出発したプライベートビーチの砂浜は、まだ見えている。どうやら、沖の方ではなく、横方向に流されたということらしい。
砂浜から左側の方に顔を向けると、岩がゴツゴツしているように見える場所がある。陸地へ向かうなら、そっちの方が近いようだ。
わたしはバタ足でバタバタジャバジャバと、ゆっくりと岩場の方へ向かう。
近づいて行って気付いたのだが、どうやらこのあたりは、わたしが去年、単身でこの島に逃げ込んだときに到着した場所らしい。
岩がゴツゴツ、というか、固まった溶岩からできたと思われる岩がゴロゴロしている、といったような感じの場所だ。
あのときは、この島に来るときに使った「神具」の置き方が悪くて、霊力漏れが発生しちゃってみたいで、あとで大変なことになったんだけど、今はすっかり普通の状態に戻っている…といいなぁと思う。
わたしはバタ足を続け、足の届くところまで到着すると、浮き輪を脱いで脇に抱え、歩き出す。足の裏がゴロゴロしていてちょっと痛いが、歩けないほどではない。
この位置からだと、元来た砂浜は見えないのだが、睦お姉ちゃんがずっとこっちの方を見ていたので、わたしの無事はわかっているだろう。
それにしても疲れた。ずっと海の上を漂っていたためか、起きてすぐなためか、妙に体の節々が凝っているというか、やっぱり人間は陸上に住まう生物なんだということを実感させられる疲れだ。遠洋漁業に出ている人たちは、毎日海の上で寝起きしていて、さぞやお疲れのことだと思う。
水産業の方々への気遣いが出来ている自分にちょっと感心しつつ、周りを見回すと、紺色の海水パンツを身につけた、坊主頭で褐色の男の子が一人 ——— わたしと同じくらいの年齢の子だろうか? ——— が、一人でボーッと海の方を眺め続けているのが目に入った。
さっき、海の方からこっちの方角を見たときにはいただろうか? いや、いなかっただろう。きっと、ついさっき、この場所に来たに違いない。
わたしはなんだかものすごく気になったので、その男の子の方に近づいていって、声を掛けてみることにする。
男の子に声をかけるって………これって逆ナン? そう思うと、ちょっと緊張する。エヘっ! ヒトナツのオモイデだもんね。
わたしはこの季節、大人への階段を一歩、着実に登るのだ。少女マンガに書いてあったセリフの一節が頭に思い浮かぶ。うふふっ。
「ねぇねぇ、こんなところで何をしているの?」
声を掛けると、男の子はこっちを振り返る。よく見ると……ちょっと泣いているように見える……。
キュン。
グッと来た!
泣き顔にグッと来た!!
わたしがドキドキを押さえるためにちょっと黙っていると、男の子は涙を拭いて、顔をゴシゴシっと擦って、「うぅん、なんでもないんだ」と言い、正面を向いてしまった。
わたしは男の子の隣に立つと「えへっ」と、ちょっとはにかんで、「名前は何でいうの?」と聞いてみる。
「僕は九兵衛(きゅうべえ)。君は?」
へぇ、九兵衛くんっていうんだ。なんか昭和の香りがする名前だね。あ、で、名前を聞かれたんだった。
「楓。小学4年生。九兵衛くんも、たぶん、同じくらいの歳……かな? 九兵衛くんは、どこからきたの?」
こうして質問を繰り返していって、電話番号を聞き出し、メールアドレスを聞き出し、最後には家の場所まで聞き出すのだ。少女マンガに書いてあった。
わたしはワクワクしながら、返事を待つが……返事は一向に返ってこない。
あれ?っと思って「どうしたの?」と聞くと、九兵衛くんは海の方を指さし「あっちのほう」と答えてくれた。
海の、あっちのほう? あっちにあるのは本州? 外国? 残念ながら、この位置の方角はよくわからない。よくわからないけど、2段階目のコミュニケーションが成功して、ちょっとうれしくなった。
「そうなんだ。ねぇ、こんなところでじっとしててもつまらないでしょ? 海に行って遊ぼうよ。ねぇ」
わたしは九兵衛くんに声を掛ける。
九兵衛くんはじっとしていて、その場から動こうともしないし、こちらの方も向こうとしないのだが、ふと、わたしたちの後、岩場の陰の方に目をやった。
そこには、岩陰に隠れた睦お姉ちゃんが、こちらをニヤニヤしながら見ていた。
睦お姉ちゃんは、見つかったことに気付いたのか、その場から大声で
「おぅおぅ、さっそく逆ナンパかい?」とからかってきた。うるさいなぁ、もう…。
わたしは手を挙げて、手首だけを振って「シッ!シッ!どっかいけ」とアピールすると、睦お姉ちゃんはすごすごと退散していった。
邪魔されてたまるもんか。
「あの人は、君のお姉さん?」
九兵衛くんから質問が来た。コミュニケーション再開だ。このときばかりは話題を提供してくれた睦お姉ちゃんに少しだけ感謝する。少しだけだけど。
「そう。一番上のお姉ちゃん。大学生なんだ」
わたしはニッと笑いながら答える。
「そうなんだ。面白いお姉さんだね」
「いやぁ、それほどでもぉ〜」
そんな感じで、わたしがこの島に去年来たこととか、最近学校で流行っていることなどについて、色々お話をした。
九兵衛くんはあまり、世間での流行モノのこととか知らないらしい。やっぱり、外国の子なのかな。
時には、はにかみながら。時には、ちょっと会話がストップしながら。時には、まくし立てるように。
色々とお話をしてみた。九兵衛くんは、泣いた顔もかっこいいけど、笑った顔は、もっとかっこいい。
ヒトナツのオモイデだね。
そんなことを思っていると、岩場から、里桜さんが「そろそろお夕食の時間よ〜」と声をかけてきた。
ふと周囲を見回すと、太陽はかなり傾いた位置にあり、砂浜を出発してからだいぶ時間が経ったことを実感させられる。いくら夏とは言え、これだけ長い間立ったままでいたとなると、ちょっと寒いような感じもする。夕方で風も肌寒くなってきたということか。
わたしは浮き輪を持ち直すと、九兵衛くんに「じゃあ、また明日ね」と声を掛ける。
「うん、また明日。この場所で」
九兵衛くんはそう言うと、わたしが帰る方向とは逆方向に歩いて行った。
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※このサイトは、着ぐるみ小説サイト「神緒のべるず」および、葦葉製作所頒布の小説「神緒のべるず 第1巻」、「神緒のべるず 第2巻(PDF版)」、Yuzu R.さんの再録本掲載の小説をWeb用に再編集したものとなります。一部は書き下ろしです。
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