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2021.1.12
Ayacy's HP
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神緒のべるず 第16話 夏だ!海だ! -1-
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「楓(かえで)ちゃんは、夏休みはどこかに遊びに連れて行ってもらったりした?」
はじまりは、明日香(あすか)さんの、さりげない一言だった。
夏休みも後半。学校のプール授業からの帰り道に、買い物をするためにスーパーへ行く途中だった明日香さんに出会い、急にそんなことを尋ねられたのだった。
だが、夏休み中は毎日、睦(むつみ)お姉ちゃんによる修行三昧の日々が続いていたので、どこか行楽地へ遊びに行ったことはなかったし、行こうと思ったこともなかった…と思う。
特に去年、わたしが「ひょうたん型の島」に逃げだそうとしたことがあったものだから、睦お姉ちゃんはそのことをだいぶ根に持っているらしく、今年は目を離してくれる様子はない。
こっそり抜け出してどこかへ遊びに…なんてこともできない。
携帯電話を覗くと、クラスメイトの瀬名(せな)ちゃんが家族旅行でハワイに行ったときの写真が送られてきていて、ちょっと、うらやましい。
南の島に家族旅行なんて………いいなぁ。
そんな思いを、明日香さんに話したところ、明日香さんは人差し指をあごの下に持っていって「う〜ん」と1うなりしながら少し思案して、パンと手を叩いた。
「私に任せておいて。いいところに連れて行ってあげる!」
そういうと、明日香さんはニコニコしながら買い物かごを左から右に持ち替えて「それじゃ、楽しみに待っててね。寄り道しないで帰るのよ〜」と言い残し、そのまま去っていった。
今から思えば、わたし達が南の島に招待されることは、すでに決まっていたことなのだろう。あそこで明日香さんがしばらく思案していたのは、この話をどうやって睦お姉ちゃんに切り出そうか、考えていたということなのかもしれない。
ギラギラまぶしい太陽! サラサラ白い砂浜! 海も砂浜も太陽の光を反射してキラキラ輝いてる!
ざっぶ〜ん!
「うわ〜! 海ぃぃぃ〜! つべたーーーーい!」
ついにやってきた! ここは、わたしが以前に数回訪れて、そのたびに連れ戻されたあこがれの土地「ひょうたん型の島」なのだ!
ちなみに、わたしたちの住んでいる地域にはプールはあっても海はないわけで……、あったとしても、遊びに来られるわけではないのだが、こうして海を目の前にするのは1年ぶりのことである。
わたしは学校指定の紺のスクール水着に、浮き輪を腰の位置に装着して、海の中に掛けだし、砂浜からちょっと距離のあるところまで泳いでいく。
「あんまり遠くへ行くんじゃないわよ〜!」
「はぁ〜〜〜〜い!」
水色のビキニの水着を着た睦お姉ちゃんが叫んでいる。心配なのは分かるが、今日は少しくらいハメをハズしても良いよね。
砂浜の方を振り返ると、心配そうにこちらを見つめる睦お姉ちゃんの横では、黄色いワンピースの水着を着た巴(ともえ)お姉ちゃんが、カラフルなパラソルの下で白いビーチチェアに腰を下ろし、サングラスを掛けて、本を読んでいるのが見えた。
何の本を読んでいるんだろう?
そして、そんな様子を微笑みながら見ているメイド服姿の明日香さんと、周りの様子など全然気にせずに、黒いビキニ姿で白いビーチチェアに寝そべりながらブルーハワイらしき飲み物を飲みつつ携帯型音楽プレイヤーから伸びるイヤホンを耳に挿して音楽を聴いている里桜(りお)さん。
それぞれ楽んでいるようだ。
わたし達3姉妹と、明日香さんと里桜さんがこんなところにいるのは、明日香さんから、この島への招待を受けたからだ。
このあたり一帯は、この島に住む人が所有するプライベートビーチで、近くには大きなお屋敷もある。今は、そのお屋敷のご主人は遠くへお出かけ中なのだそうで、当分の間は帰ってこないという。お屋敷の中にいる他の人たちも、今は暇を出されて、ここにはいないのだそうだ。
明日香さんと里桜さんは、無人となったお屋敷をたまにメンテナンスしに来るそうで、今回の訪島の本来の目的はそこにある。ただ、夏休み中だし、遠方にお出かけ中のご主人が気を利かせてくれて「お友達ができたなら連れてきなさい」と言われたのだとか。
そんなことがあって、こうしてわたし達5人が、他の誰にも邪魔されず、プライベートビーチでのんびり過ごしているというわけ。ちなみに、この島には6泊7日の予定で訪れている。
夏休み中は、学校の宿題と、睦お姉ちゃんによる修行ばっかりだったから、こういう楽しいことが、少しはあっても良いだろう。
ふと下をみると、数匹の青くて小さな魚が、わたしの周りを泳いでいる。
じっくり見てやろうと思い、おもいっきり息を吸って、水面に顔を付ける。
パシャン!
うわ、しょっぱい。目がしみる。そうだ、海は塩水なんだっけ。
わたしはぷるぷるっと顔を振って、水を飛ばす。ぷわぁぁ。気持ちいい。
しょっぱいのも、目がしみるのも、水が冷たいのも、太陽の光が暑くてまぶしいのも、全部ひっくるめて気持ちいい。わたしは今、夏を満喫しているんだなぁ。
上を向いて、浮き輪によっかかる体勢になると、太陽の光を思いっきり受けてみる。
紺色の水着が、太陽の熱を吸収して、ちょっと暖まる。気持ちいい。
波の音が小さく心地よく聞こえ、海と浮き輪でできたハンモックにふんわり揺られている気分。目をつぶってじっとしていると、浜から睦お姉ちゃんの声で「お〜い! 生きてる〜!?」と声が聞こえる。私は軽く右手を挙げて「生きているよ」と合図すると、その声も聞こえなくなった。
うぅぅん。いいなぁ。
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※このサイトは、着ぐるみ小説サイト「神緒のべるず」および、葦葉製作所頒布の小説「神緒のべるず 第1巻」、「神緒のべるず 第2巻(PDF版)」、Yuzu R.さんの再録本掲載の小説をWeb用に再編集したものとなります。一部は書き下ろしです。
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