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2021.1.12
Ayacy's HP
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神緒のべるず 第14話 そうだ!学校へ行こう -6-
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「えっ! えっ! えーーーーっ!?」
乃々華さんが「理事長」と書かれた木の札を置いた机の前に座っている。乃々華さんは少しうなだれると、さゆりさんの方をキリッとした目で見て言った。
「取り次ぎの方に言われたでしょう。ここには入ってきてはいけないって。
なのに…どうして………!」
これまでYesマンだったはずの乃々華さんが、さゆりさんを厳しい目で見て、厳しい言い方をしている。さゆりさんはオロオロしている。
というか、自分の母親を求めてこの部屋に入ってきたのに、ここに居たのが自分の部下であるはずの生徒会副会長だったこともあり、だいぶ混乱しているようだ。
あたしだって意味がわからない。
わからないが、さゆりさんほど混乱しているわけではないので、あたしが代わりに事情を聞いてみることにしようと思う。
「ここは、理事長室よね。
それなのに何故? 生徒会副会長である乃々華さんがここにいるの?」
乃々華さんの鋭い視線が、今度はあたしの方に向く。うわっ、これはキツイかも。
でも、今回の仕事は乃々華さんから請け負っているのに、こういう事情は聞いていない。聞く権利くらいあるだろう。あたしだって、負けるわけには行かない。
10秒ほど睨み合いが続いただろうか。乃々華さんは、ふと目をそらすと「わたくしの負けのようですわね」と言った。
「良いでしょう。お話します。少し、待っていてください」
乃々華さんは区画の外に立てかけてあったパイプ椅子を2つ持ってくると、理事長机の前に置いた。
「立ち話もなんでしょうから、ここに座ってください。まず、何からお話ししましょうか…?」
いよいよだ。
さゆりさんはまだオロオロしている様子だったが、とりあえず椅子に座らせる。そしてあたしが代わりに質問をする。
「まずはさっき聞いたとおり。生徒会副会長である乃々華さんが、なぜ理事長の席に座っているのか、から」
「それはね。里桜さん。わたくしは生徒会副会長であると同時に、この学院の理事長だからです」
それはまた初耳だ。あたしは驚いたが、それを聞いたさゆりさんはもっと驚いたろう。だって、理事長は自分の母親だったはずなのだから。
しかし、これでいくつかわかったことがある。乃々華さんがあたしをこの学院に入学させようとしたとき、いとも簡単に手続きできるようなことを言っていたが、それは彼女がこの学院の理事長だったからだろう。
また、たびたび放課後の生徒会活動の時間にいなくなるのも、理事長としての仕事があったからというわけだ。
もしかしたら、光大朗さんが最初に言いかけて制止された話も、これのことだったのか?
あたしは続けて聞いてみることにする。
「どうして、その若さで理事長をすることに?」
それを聞くと、乃々華さんは
「それは…」
と少しためらったようになる。しかし意を決して先を進める。
「この学校の前理事長……わたくしの母親なのですが、去年亡くなりました。
生徒たちへ動揺が広がるのを避けるべきとの意見から、葬儀は秘密裏に行われ、理事長の交代も秘密裏に行われることになりました。それで、後任の理事長を捜さなければならなかったのですが、理事たちの中の話し合いでは決まらなかったため、折衷案として、娘であるわたくしが理事長になることになったのです。でもこの若さで、しかも現役の生徒が理事長というのはおかしいでしょう。なので、生徒たちの目には触れないようにしてきたのです」
前理事長が、すでに亡くなっている?
それってもしかして、隣でオロオロしているさゆりさんの母親でもあるのだろうか。
さゆりさんの方を見ると、目を大きく見開いてカタカタ震えている。そりゃそうだろう。母親だと思って会いに行った相手は、とうに死んでいるというのだから。
さゆりさんはカタカタ震える唇で「わ、私のお母さんは……、お母さんは……」と言っている。
それを見た乃々華さんは「それもお話ししないといけませんね……」と言って立ち上がり、さゆりさんに近づいた。
「姉さん、あなたはわたくしの姉さんなんですよ」
乃々華さんの目に、少し涙が溜まっているのが見える。そこから、乃々華さんの説明が始まった。
前理事長がさゆりさんを身ごもった頃、前理事長は未婚だった。相手は誰だったのか、今でも明らかになっていない。しかし家の都合で結婚相手はあらかじめ決められていた。この事態は、相手の家にとってかなり不名誉なことになるだろう。
前理事長は当然、中絶することを迫られるものの、前理事長は悩み、そして、さゆりさんを出産した。しかしすでに結婚相手も決まっている都合、自分で育てることも許されず、仕方なく養子に出したということなのだそうだ。
その後、前理事長は顔も知らない相手と結婚をし、翌年に乃々華さんを生んだというわけだ。
それから長い時間が過ぎ、さゆりさんは自分の本当の母親がこの学校の理事長をやっていると聞いて入学した。
しかし、さゆりさんが生徒会長に立候補して当選する頃、前理事長はすでに亡くなっていたというわけだ。
前理事長は病魔に冒されて入院続きだったので、入学式などの学校のイベントに参加できなかったのも無理はないだろう。前理事長は亡くなる直前、自分の娘が生徒会長に立候補していたことは知っていたので、乃々華に事情を話し、姉を助けてあげなさい、と告げた。
それで、乃々華は理事長の職を受け継ぎつつ、生徒会副会長の立場で姉を見守っていたというわけだ。
「というわけなのです。姉さん、今まで騙していて、ごめんなさい」

「わたくしは…わたくしはこの学校の生徒をやめようかと考えています。やっぱり、理事長の仕事と生徒を両立するのは体力的にも精神的にもつらいので…。生徒会は、里桜さんがいてくれて姉さんを支えてくれますから」
と言いながら、乃々華さんはあたしの方を見た。
「姉さんのこと、よろしくお願いします」
乃々華さんが深々と頭を下げる。頭を下げたまま、ずっとそうしている。実際は数秒のことだったのかもしれないが、感覚的に何分も経ったような気がした。
あたしが返事を返すまで、頭を上げないつもりなのだろう。まったく。お人好しなんだから。
「それもいいわね…。」
ひとまず、あたしはそうつぶやく。
乃々華さんは頭を上げ、あたしの顔を見て、一瞬明るい表情を作った。が、次の瞬間。
「だが断る」
きっぱりと、あたしは言った。乃々華さんの表情が固まる。乃々華さんにとっては、予想外の答えだったに違いない。
「ど、どうして…」
乃々華さんが、震えた声でそう言った。唇が震えている。
「それはね…」
あたしはゆっくりと、丁寧に、言葉を選びながら説明する。こういった説得事は難しいし、あたしとしても引き受けちゃった方が楽だけど、それでは最適とは思えないし、この子達のためにならない。
「その役割は、あなた、乃々華さんが担うべきだからよ。そして、理事長の仕事は大人の仕事。高校生活も存分に経験していない、若いあなたが担うのは、まだ若すぎる」
「で、でも…、理事長職も引き受けてしまった責任がありますし…」
乃々華さんは弱々しくも反論する。しかし、彼女も学院生活を辞めるのは嫌だろうから、反論には絶対的な自信はこもっていない。
「たぶん、理事の人たちは、乃々華さんや、乃々華さんのお母さんに遠慮しているのね。実に慎ましいことね。
ならば、理事の中から副理事長を決めて、あなたが学院生活を終えるまでは、その人にお仕事を委任するといいわ」
乃々華さんは目に涙を溜めて、うつむいている。どうすべきか、提案を受け入れるべきか、必死に悩んでいるようだ。
と、そこへ
「乃々華、私からもお願いするわ」
さゆりさんも加勢した。
「せっかく会えた妹……ううん、唯一の肉親だもの。一緒に、学院生活を送りたいし、貴女は生徒会の副会長じゃない? その職務をまっとうする責任もあるわ」
見れば、さゆりさんも目に涙を溜めている。さゆりさんは乃々華さんに近づいていき、そのまま抱き合って、ずーっと泣いていた。
夕日が沈むまで、ずーっと泣いていた。
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※このサイトは、着ぐるみ小説サイト「神緒のべるず」および、葦葉製作所頒布の小説「神緒のべるず 第1巻」、「神緒のべるず 第2巻(PDF版)」、Yuzu R.さんの再録本掲載の小説をWeb用に再編集したものとなります。一部は書き下ろしです。
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